大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和58年(ネ)1685号 判決

控訴人

中村ちゑ

控訴人

谷村陸志郎

右控訴人ら訴訟代理人

樺島正法

中道武美

近森土雄

被控訴人

森木正三

被控訴人

八鹿町

右代表者町長

森木正三

右被控訴人ら訴訟代理人

俵正市

坂口行洋

主文

本件控訴はいずれも棄却する。

控訴人らの当審における予備的請求はいずれも棄却する。

当審における訴訟費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取消す。

2  (被控訴人森木に対する請求及び被控訴人八鹿町に対する主位的請求)

(一) 被控訴人らは控訴人中村ちゑに対し、連帯して金九五万一七八四円及び内金二三万七九四六円に対する昭和五五年二月二〇日から、内金二三万七九四六円に対する昭和五六年二月二〇日から、内金二三万七九四六円に対する昭和五七年二月二〇日から、内金二三万七九四六円に対する昭和五八年二月二〇日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 被控訴人らは控訴人谷村陸志郎に対し、連帯して金五〇八万四八一二円及び内金一二七万一二〇三円に対する昭和五五年二月二〇日から、内金一二七万一二〇三円に対する昭和五六年二月二〇日から、内金一二七万一二〇三円に対する昭和五七年二月二〇日から、内金一二七万一二〇三円に対する昭和五八年二月二〇日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(当審において請求の趣旨を右のとおりに減縮した。)

3  (被控訴人八鹿町に対する予備的請求)

(一) 被控訴人八鹿町は控訴人中村に対し、前項(一)と同額の金員を支払え。

(二) 被控訴人八鹿町は控訴人谷村に対し、前項(二)と同額の金員を支払え。

(当審において右のとおり予備的請求を追加した。)

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。との判決。

二  被控訴人ら

主文第一、三項同旨の判決。

第二  当事者の主張

次のとおり付加、補正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決事実摘示の補正<省略>

二  控訴人らの当審での主張

1  (請求原因の補足)

(一) 仮に、本件仮契約が議会の議決を停止条件とするものであるとしても、被控訴人町は、その町長である被控訴人森木の前記(引用にかかる原判決摘示請求原因4項)行為によつて、信義則に反して故意にその条件成就を妨げたものであるから、控訴人らは、その条件が成就したものとみなすことができ、したがつて、被控訴人町に対し、本契約締結義務不履行を理由とする損害賠償の請求を行うことができる。

(二) それと同時に、被控訴人森木の右行為は、民法一二八条にいう条件付権利に対する侵害行為を構成するから、この点においても、同被控訴人には民法七〇九条による賠償責任がある。

(三) なお、被控訴人森木の右行為につき、国家賠償法の適用があると解されるとしても、被控訴人森木個人の賠償責任は否定されるべきではない。

2  (被控訴人八鹿町に対する予備的請求の原因)

仮に、前記(引用にかかる原判決摘示)の債務不履行責任の主張が認められないとしても、

(一) 被控訴人町の町長たる被控訴人森木が、前記行為によつて、故意により違法に控訴人らの前記権利を侵害したものであるから、被控訴人町には、被控訴人らの損害を賠償すべき不法行為責任がある。

(二) 仮に、被控訴人森木の前記行為が「公権力の行使に当たる公務員の行為」に該当するとしても、被控訴人町には、国家賠償法に基づく賠償責任がある。

(三) 仮に、右主張も認められず、本件仮契約は地方自治法上議会の議決を得られなければ予約の効力が生ぜず本契約を締結しえないものであるとしたら、その旨を控訴人らに説明しなかつた被控訴人町(当時の町長細川)には、契約締結上の過失があり、この点において、契約責任又は不法行為責任を免れないものというべきである。

すなわち、被控訴人町(町長細川)は、前記のとおり、新舞狂橋を架設する緊急の必要が生じたため、控訴人らから起工承諾書を取り付けようとして、控訴人らと折衝し、本件仮契約を締結したのであるが、その際、被控訴人町(町長細川)は、地方自治法九六条及び八鹿町条例第五号の存在を充分認識していたのに対し、控訴人らは、法律的に無知で、公共団体との契約であれば間違いはないものと考えていたのであるから、被控訴人町には、信義誠実の原則上、右契約締結の準備段階において、右仮契約は議会の議決を得なければその効力を生じえないものである旨を、控訴人らに告知、説明すべき注意義務があつた。しかるに、被控訴人町(町長細川)は、故意又は過失により、これを説明せず、控訴人らをして、一般の私的契約と同様当事者の意思のみによつて効力が発生するものと誤信させて、本件仮契約を締結させ、もつて前記のとおりの損害を与えたものである。したがつて、被控訴人町は、右義務違反による債務不履行責任として、又は、前町長細川の故意・過失による右義務違反行為に基づく不法行為責任として、控訴人らの右損害を賠償すべきである。

3(結語)

よつて、控訴人らは、被控訴人森木に対しては不法行為を原因として、被控訴人町に対しては本契約締結義務の不履行を原因として、前記損害の賠償を求めうべきところ、当審において請求の趣旨を減縮して、右損害賠償金の内金及びこれに対する遅延損害金として控訴の趣旨2項記載のとおりの支払を求める。

次に、被控訴人町に対しては、右請求の容れられない場合につき、当審において予備的に請求を追加し、前記2記載の不法行為責任、国家賠償責任又は契約締結上の過失による債務不履行責任若しくは不法行為責任に基づく損害賠償金の内金及びこれに対する遅延損害金として、控訴の趣旨3項記載のとおりの支払を求める。

三  被控訴人らの答弁

1  控訴人らの前記主張1はすべて否認ないし争う。

2  同主張2の(一)、(二)は争う。

同2の(三)中、前町長細川が本件仮契約は議会の議決を得なければ本契約を締結しえない旨を説明しなかつたのは控訴人らの主張のとおりであると思われるが、その余は否認ないし争う。

第三  証拠関係<省略>

理由

一被控訴人森木に対する請求について

控訴人らの被控訴人森木に対する本訴請求は、同被控訴人が被控訴人八鹿町の町長として昭和五四年一一月一四日に開かれた第一七三回町議会に本件仮契約に係る議案第六九号を提出したこと及びその際なすべき説明を尽くさなかつたことが不法行為に該当するとして、同被控訴人個人に対し民法七〇九条の責任を追求するものであるが、右は、被控訴人森木が被控訴人町の町長としてなした職務行為を理由とするものであることがその主張自体から明らかであり、且つ、その職務行為が公権力の行使に該当することも明らかというべきであるから、国家賠償法が適用され、公共団体たる被控訴人町に賠償請求するのは格別、被控訴人森木個人が賠償責任を負うものではない。

したがつて、被控訴人森木に対する本訴請求は、その余の判断に及ぶまでもなく失当たるを免れない。

二被控訴人八鹿町に対する主位的請求について

当裁判所は、控訴人らの被控訴人八鹿町に対する主位的請求も理由がないものと判断するが、その理由は、次のとおり付加、補正するほかは、原判決が理由二項(原判決九枚目表九行目から一一枚目表末行まで)に説示するところと同一であるから、これを引用する。

1  <中略>

2  控訴人らの当審での主張1の(一)について

前記(補正引用にかかる原判決理由二項)説示のとおり、重要な契約の締結や重要な財産の取得・処分についての議会の議決は、これがあつてはじめて地方公共団体の長にその行為をなす権限が生じることになる法定の要件であつて、それは、公益上の必要に基づいた不可欠の効力要件であるから、これを民法一二七条以下にいう条件にあたると解することも、これにつき同法一三〇条を類推適用することもできないから、控訴人らの右主張は失当たるを免れない。

のみならず、後記三で認定、説示するところからすれば、被控訴人森木が故意に右要件の成就を妨げたものとは到底なしえないから、この点においても、控訴人らの主張は理由がない。

三被控訴人八鹿町に対する予備的各請求について

1  予備的請求原因(一)、(二)に基づく各請求について

(一) 前記二認定説示の地方自治法上の制約の趣旨及び本件仮契約の趣旨・性格に鑑みると、被控訴人森木が、本件仮契約所定の土地買受は議会の議決を要するものとして処理し、控訴人から主張のとおりの議案を町議会に提出したことは何ら不当、違法なものではないというべきである。

(二) 次に、前記二認定のとおり、本件仮契約が締結を意図している本契約は、控訴人らと被控訴人町間の売買契約であるから、その本契約が締結された場合に、被控訴人町が買主として代金全額の支払義務を負うこととなるのは、契約上当然のことであつて、前記の本件仮契約第五条もこれを左右するものではない。

(三) 更に、前記二認定の事実関係に、<証拠>を総合すれば、次の各事実が認められる。

(1) 本件仮契約書において別紙目録により対象土地として特定明示されている土地は、そのまますべて前記議案に掲げられている(なお、控訴人らが原判決摘示請求原因4項(二)で主張する土地のうち三一三の一、二及び三一二の一の土地は本件仮契約書に掲げられておらず、いまだ契約対象土地として確定していなかつた)。

(2) 本件仮契約に関しては、控訴人森木が町長に就任して間もなく、その適否、処置を巡る紛議が生じ、同年五月頃これが公になり、以来町議会においても、議員協議会、総務常任委員会で調査、協議が重ねられ、又六月及び九月の定例会で議員から町長等に対して質問がなされた。この間、議員協議会の席上で本件仮契約書の写が全議員に配布された。これらの過程で、後記(3)、(4)の問題点等はいずれも指摘され、論議されていたし、町議会議員は、本件仮契約書の内容も知悉していた。

(3) 本件仮契約の対象土地は、円山川左岸の舞狂橋付近の堤防敷地及び舞狂橋の橋脚用地となつている土地、そして後に控訴人ら主張の議決を経て町道敷地として供用されるに至つている土地が含まれており、右土地について、控訴人らとの間では、本件仮契約の締結と同時にこれを前提として、舞狂橋架設の起工承諾と土地使用の了解を得たものであつたこと、したがつて、右仮契約に基づく本契約が締結されない場合には、その占有使用の根拠につき控訴人らとの間で紛議が生じるかも知れないこと、以上の点が、前記議決に際しての提案説明、質疑応答の中でも言及され、論議された。

(4) 右議会においては、仮契約の対象土地を取得した場合に兵庫県等他の公共団体からその費用を補填ないし分担を受けうる可能性についても論議された。町長の被控訴人森木は、左岸堤防に係る土地については兵庫県の予算措置を期待できる可能性が高いが、右岸側の土地については、控訴人らの主張にある養父郡衛生公園や円山川右岸道路等の公共事業に直接供される可能性はなく、他の公共団体による負担は期待しえない旨答弁、説明した。そして、現在までのところ、右岸側の右各公共事業は本件土地を組み入れることなく施工されてきている。

以上の各事実が認められ、甲第八二号証中これに抵触する部分は右各証拠に対比して採用しがたく、他にこれを覆すに足る立証はない。

(四) 右(二)、(三)及び前記二で認定説示したところに鑑みれば、前記第一七三回町議会における被控訴人森木の説明に控訴人ら主張の欺罔行為があつたとは到底なしえないし、また、同被控訴人の説明の欠如によつて町議会議員が錯誤に陥つた旨の控訴人ら主張も到底採用できない。

そして、その他右議会における被控訴人森木の行動に、控訴人らの主張の本契約締結請求権ないし条件付権利を侵害するような違法行為があつたものと認めるに足る立証は何もない。

(五)  したがつて、予備的請求原因(一)、(二)に基づく各請求は失当たるを免れない。

2  予備的請求原因(三)に基づく各請求について

(一)  昭和五一年九月に旧舞狂橋が台風の被害を受け、新舞狂橋を架設する必要が生じたところ、その工事に控訴人ら所有の土地が必要となつたため、被控訴人町の前町長細川が控訴人らと折衝して本件仮契約を締結し、新舞狂橋建設の起工承諾書が作成されたことは、当事者間に争いがなく、その際右細川が本件契約は議会の議決を得なければ本契約を締結しえないものである旨を控訴人らに説明しなかつたことは、被控訴人町の明らかに争わないところである。

(二) しかしながら、被控訴人町(町長細川)において控訴人らにその主張のような誤信を誘発させる積極的作為があつたとの主張立証は何もないし、また、二記載の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件仮契約書にはそれが「仮」契約である旨明示されており、控訴人らもそれが「仮」契約であることを了知していたものと認められるのであり、この事実と上来認定説示の地方自治法上の制約の趣旨及び本件仮契約の趣旨・性格に鑑みると、本件仮契約締結の前記経緯を考慮に入れても、また、仮に控訴人らがその主張のとおり法律的に無知であつたとしても、右仮契約締結に至る過程において、被控訴人町(町長細川)に控訴人ら主張の告知・説明義務が生じていたものとはなし難い。

(三)  そして、他に被控訴人町(前町長細川)に契約締結上の過失があつたものとなすに足る主張立証はないから、予備的請求原因(三)に基づく各請求も失当たるを免れない。

四以上の次第で、控訴人らの請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないから棄却し、また、控訴人らの当審における予備的請求もすべて失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(上田次郎 道下 徹 渡辺修明)

≪参考≫

〔右控訴判決の引用する原判決事実摘示のうち当事者の主張(控訴判決による付加、補正を加えたもの)〕

〔事   実〕

第二 当事者の主張 <中略>

三 原告らの請求の原因

1 原告らは、別紙物件目録(一)、(二)記載の土地(以下、「本件土地」という。)の土地所有者であり、被告八鹿町はその肩書地所在の地方自治法による地方公共団体であり、被告森木は昭和五四年二月二〇日右町の町長となつたものである。

2 昭和五一年九月一四日、台風一七号の被害により旧舞狂橋が損傷を受け、一〇メートルほど下流に新しい舞狂橋を架設する必要が生じた。

右は八鹿町の災害復旧事業であつたし、右新橋を架設するためには原告ら所有の兵庫見養父郡八鹿町大字上網場字上川原三一四の二、同所三一一の二、同所三一二の一・二、同所三一三の一・二の土地を是非とも必要としたため、被告八鹿町は原告らと接渉を続けた。

3 その結果、昭和五三年二月二五日当時の町長細川喜一郎と原告らとの間で、本件土地につき原告らを売主とし被告八鹿町を買主とする売買仮契約(以下「本件仮契約」という。)が締結され、新舞狂橋建設についての起工承諾書が作成された。右仮契約の内容は、単価坪当り一万五〇〇〇円、対象物件は被告八鹿町の災害復旧事業に必要なもの以外に、養父郡衛生公園の建設にかかわる用地、円山川右岸道路、橋架建設用地、砂利採取場の問題解決などのため原告らが所有する円山川左、右岸の土地を全て被告八鹿町において買いとるということになつた。

その面積が約二万坪有り、売買代金総額は全部で約三億円という前提でなされ、本件仮契約締結の当日に金二〇〇〇万円の手付金が支払われた。

4 ところが、昭和五四年二月一九日、被告八鹿町の町長が訴外細川喜一郎より被告森木正三に交代した。

ところで、右仮契約の手付金二〇〇〇万円については、本来、八鹿町土地開発基金の枠内からの出費として処理すべきもので、それを執行すれば一切の違法はないものであつた。また、本件仮契約第五条には、『本物件の本契約は使用目的が決定した段階でそれぞれの相手方と締結する』とあり、本契約を締結する段階で契約の主体・内容が決定されるから、それに対応して被告町としての処理方法を決定すれば良いものであつた。しかるに、被告森木は、前町長細川に対する政治的敵対心から、右仮契約につきあえて地方自治法九六条や八鹿町昭和三九年条例第五号(以下単に条例第五号という)を適用させて、違法にも、これを議会の議決を必要とするものとして処理し、昭和五四年一一月一四日に開かれた被告町議会第一七三回町議会において、右仮契約の契約書添付目録記載の土地を原告らから取得することを内容とする議案六九号「土地の取得について」と題する議案を議会に提出し、その際、

(一) 本件仮契約の対象となつた土地についての本契約につき、この買収費用約三億円全額を被告町自身が負担しなければならない。

という欺罔行為を行なつた上、更に

(二) 本件仮契約の対象となつている土地の中に舞狂橋左岸敷地が含まれていること(八鹿町大字上網場字上川原三一四の二、三一三の一・二、三一二の一)

(三) 右各土地が舞狂橋の付け替えに伴ない、被告町の第一六五回(定例)議会で議決された議案七九号町道路線変更により、町道の敷地として使われていること

(四) 右(二)、(三)についての被告八鹿町の使用権限は、被告八鹿町が本件契約の各条項を誠実に履行することと不可分一体の関係にあるものであり、本契約を締結しなければ(二)、(三)についての使用収益する根拠を失うに到ることの三点についてなんら町議会議員に説明せず、右各点について何らの認識を与えることなく、これらの点について錯誤に陥らせ、その結果即日議会をして前記議案を否決させ、もつて、被告町をして本件仮契約に基づく債務を不履行にさせた。

被告森木の右処理、議会における行動は、故意に原告らの本契約締結請求権を侵害した不法行為であるから、民法七〇九条により、被告森木には原告らが蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

5 被告町は、本件仮契約に付随してなされた起工承諾に基づき、新舞狂橋を完成させ、その土地を占有、使用しているにもかかわらず、また、その他の前記各公共事業も昭和五四年六月頃までには実質的に確定しており、同年二月二〇日或いは遅くとも同年六月頃には本契約が締結されて然るべきであつたのに、本件仮契約に基づく本契約締結義務を履行しない。

なお、地方自治体の契約締結についての地方自治法の定めは、その内容が如何なるものであろうと本来的な権利能力を規定したものではなく、内部的な制限を定めたものにすぎないから、自治体の契約締結に関する定めは、それをもつて第三者である原告らに対抗することはできない。

よつて、原告らは被告八鹿町に対し、債務不履行(民法四一五条)を理由とする損害賠償の請求をする。

そして、被告森木と被告八鹿町は、共謀して不法行為、債務不履行により原告らに損害を蒙らせているものであるから、連帯して賠償すべき責任がある。

6 損害額は次のとおりである。

(一) 本件仮契約の対象とされている土地は、要するに円山川左、右岸にわたる原告ら所有の土地全部であつて、仮契約書の目録には別紙物件目録(一)掲記の各土地だけが記載されてはいるが不要な土地(物件目録(一)の三一、三二)もあれば、記載されてはいないが仮契約の対象に含まれる土地(物件目録(二))もある。

これを計算すると

原告中村一万〇四八八平方メートル

原告谷村(関西商事株式会社名義分を含む)五万六〇三一平方メートル

となる。

(二) 右面積について坪当り金一万五〇〇〇円の割合で売買代金を算出し、本契約締結が履行されないことにより、右代金に対する年五分の割合による金員が毎年定期的に損害金として発生すると主張する。なお、損害発生の始期は被告森木が町長になつた翌日である昭和五四年二月二〇日として計算した。

(三) 以上を計算すると、原告中村の損害が一年間に金二三七万九四六五円、同谷村の損害は一年間に金一二七一万二〇三三円となる。

7 よつて、原告らは被告らに対し、請求の趣旨記載の判決を求める。

四 請求の原因に対する被告らの答弁

1 請求の原因第1項につき、被告八鹿町が地方公共団体であり、被告森木が昭和五四年二月二〇日右町の町長となつたことは認め、その余は不知。因に、本件土地のなかには原告らの所有でない土地が含まれている。

2 同第2項につき、旧舞狂橋の損傷が昭和五一年九月一四日との点及び被告八鹿町が右新橋を架設するためには原告ら主張の六筆の土地が是非とも必要であつたとの点は否認し、その余は概ね認める。因に、台風一七号は昭和五一年九月八日から同月一三日にかけてであり、被告八鹿町が新橋架設に必要とした土地は三一四の二のみであつた。

3 同第3項につき、昭和五三年二月二五日、当時の町長細川と原告らとの間で、原告らを売主とし、被告八鹿町を買主として売買仮契約を締結し、新舞狂橋建設についての起工承諾書が作成されたこと、仮契約の内容が坪一万五〇〇〇円とすること及び金二〇〇〇万円の手付金が支払われたことは認め、その余は否認ないし争う。

4 同第4項につき、原告主張の町長の交替のあつたこと、本件仮契約第五条の内容が原告主張のとおりであること及び原告主張の議案が昭和五四年一一月一四日の町議会で町長の被告森木から提出され否決されたことは認めるが、その余は否認ないし争う。被告森木は欺罔行為などしていないし、他の点についてもある程度の説明をしている。

5 同第5項につき、被告八鹿町に本契約を締結しないという債務不履行責任があるとの主張は否認する。

本件仮契約は、地方自治法上、議会の議決を得なければならない契約について締結されたものであり、本件においては議会に提案されたがその同意を得られなかつたのであるから、このような場合、町及び町長にはなんらの法律上の責任がない。

6 同第6項につき、本件仮契約書の目録記載内容は認めるが、その余はすべて争う。

≪参考≫

〔右控訴判決の引用する原判決理由二項(控訴判決による付加、補正を加えたもの)〕

二 被告八鹿町に対する請求

原告らの本訴請求は、仮契約を締結しておきながら本契約を締結しないのは債務不履行に該当するというにある。よつて判断するに、

1 仮契約について

地方公共団体の契約の締結や財産の取得・処分は、第一次的には長の権限に属するものであるが、重要な契約の締結や重要な財産の取得・処分等の地方公共団体の重要な経済行為に関しては、住民の利益を保障するとともに、これらの事務の処理が住民の代表の意思に基づいて常に適正に行われることを期する意味において、具体的な契約の締結についても議会の審議を得ることとされている。すなわち、地方自治法(以下、「法」という)九六条一項五号は「その種類及び金額について政令で定める基準に従い条例で定める契約を締結すること。」とし議会の議決を経なければならないとしている。同様の趣旨で法九六条一項七号は、「前号に定める場合を除くほか、その種類及び金額について政令で定める基準に従い条例で定める財産の取得又は処分をすること。」としている。右法の条文を受けて、地方自治法施行令一二一条の二が政令の定める基準を規定し、成立に争いのない乙第三号証で認められるとおり、被告八鹿町は、「議会の議決に付すべき契約及び財産の取得又は処分に関する条例」(八鹿町条例第五号)で、この種類を不動産又は動産の買入又は売払い(土地については、一件五〇〇〇平方メートル以上のものにかかるものに限る。)とこの金額を七〇〇万円と規定している。

したがつて、本件仮契約が締結を意図している本契約(売買契約)は、その対象土地が原告ら主張の範囲に及ぶとすれば勿論、本件仮契約の契約書添付目録記載の範囲(それが原判決添付物件目録(一)記載の各土地であることは当事間に争いがない。)にとどまると解しても、当事者に争いのない、仮契約において坪一万五〇〇〇円とし、二〇〇〇万円の手付金が支払われたことによれば、右に述べた議会の議決を必要とする重要財産の取得に該当することが明らかである。

なお、本件仮契約に係る出費につき八鹿町土地開発基金により財源手当が可能であるとしても、それによつて右土地の取得(買入)につき地方自治法九六条一項七号、及び前記八鹿町条例第五号の適用を免れうることとなる根拠は何もない。

2 ところで、右のとおり議会の議決を要する契約や財産の取得・処分については、議決を経てはじめて契約の締結、財産の取得・処分をなしうることとなるのであるが、他方、右議決を得るためには、契約や取得・処分の相手方及び内容を具体的に特定した議案を提出しなければならないとされている。そこで、一般に、地方公共団体の長は、特定の相手方との間で、本契約(財産の取得・処分の契約を含む)の内容となるべき事項について取極め、議会の議決を得たときに該事項を内容とする契約を締結する旨予め合意しておくものとされており、その合意は、通例、『仮契約』と称され、その法的性格は、議会の議決が得られれば、予約の効力(将来当事者間に本契約を締結すべき債権債務)が発生し、議決を得られないことに確定すれば、当然予約は無効となる趣旨の「予約」である解されている(成立に争いのない乙第一、第二号証、その方式・趣旨により真正な公文書と推定すべき乙第四号証など弁論の全趣旨により認められる。)。

そこで仮契約が締結されると、長は当該事件を議会に提案し、議長は議会に付議し、議会は速やかにこれを議決しなければならない。そして議決を経た後に長ははじめて、相手方と本契約を締結することになる。これに反し、議会の議決が得られない限り、それ以降の手続は進められず、当然本契約は成立しえず、もちろん本契約としての効力も発生するものでない。従つて相手方が本契約を締結すべきことを請求できる権利を有することになるのは、議会の同意があつたとき以降であり、仮に、議会の同意を得られなかつた場合には、右仮契約の趣旨・性格からして、地方公共団体には、契約上の債務は何ら生じない。

3 本件仮契約は、前述したように地方自治法上、議会の議決を得なければならない契約について締結されたものであり、右に述べた一般的な仮契約の場合と別異に解すべき事情は何ら見当らず、これに成立に争いのない甲第五五号証の一、二(本件仮契約書)の記載内容を合わせ考えれば、本件仮契約も右同様の趣旨・性格を有する仮契約であると認められる。

なお、本件仮契約第五条に原告ら主張どおりの条項があることは当事者間に争いがないけれども、前掲甲第五五号証の一、二及び弁論の全趣旨によれば、本件仮契約は、被告町のみが相手方当事者となつて結ばれ、しかも、被告町が『買主』である旨明示されていること及び右第五条以外の条項は被告人町が買主との前提で定められており、被告町が第三者の買受のためにこの仮契約を結ぶとの趣旨の条項は存在しないことが認められるうえ、右締結当時、被告町以外の右第五条にいう『それぞれの相手方』が確定していたとか、まして、その相手方らと被告町との間に右土地に関して何らかの契約関係が成立していたとか、その取得費用につき補填ないし分担を受けられることが確定していたとかの事情は何ら見当らない(但し、円山川左岸側の土地については後記認定のとおりの状況にあつた)のであつて、このことに、前説示の地方自治法上の制約の趣旨、仮契約締結の目的等も合わせ考えると、前記条項の存在を考慮に入れてもなお、本件仮契約は、直接的には、控訴人らと被告町との間の売買契約の締結を意図していたものと認められる。

被告町の町長森木は原告ら主張のとおり昭和五四年一一月一四日の八鹿町議会に議案六九号として、土地の取得についての議決を求める提案をなし、議会に付議されたが、議決が得られなかつたことは当事者間に争いがない。従つて本件仮契約は、その後本契約として成立し得ず、本件仮契約は当然無効となつたものである。

4 以上のとおり、本件仮契約は議会の議決が得られなかつたものであるから、被告八鹿町は本契約を締結することはできず、また、そもそも仮契約の法的性格が前述したものであることから、本契約を締結しないことについて債務不履行責任を問われることはないものといわなければならない。従つて、原告らの被告八鹿町に対する請求は理由がない。

なお、地方自治体の契約締結に関する地方自治法上の定め及び法を受けた条例等の定めは、単に内部的な制約にとどまらず、第三者に対しても対抗しうるものであると解せられる。

即ち、契約締結あるいは、財産の取得又は処分につき、法第九六条第一項第五号、第七号に定めるものは、議会の議決を得なければならないのであるが、右議会の議決は、単に内部的な同意ではなく、議会の議決を得ることによつてはじめて地方公共団体の意思が確定するものであり、議会の議決を経ずになされた契約は当然無効となるのである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例